オタク・マインド

こんにちは。ふわふわです。

みなさん、自分は何らかのオタクだと思いますか?

オタクとは何を持ってオタクであり、どう自覚するのか、自らのオタクスタンスはどのようなものか。

個人で大きく分かれそうですよね。

オタクといっても”何のオタクか”というのも昨今じつに様々で、鉄オタにはじまりアニオタ、ドルオタ、…あとさまざまなオタクたちがいると思います。オタクと自称しなくても人はなんらかの物事に特化して詳しいことは珍しくありません。

私は二次元オタクの自覚があり、誇らしくさえ思っています。今時は”推し”ブームですからね。ドルオタ界隈の”推し”文化のおかげでオタクがかなり生きやすくなりました。

やはりオタクというと元祖は鉄オタかな、という気がしていますが現在ではドルオタか、二次元オタを指すことが多い気がします。私の周りだけかもしれないけれど。

そしてドルオタと二次元オタって、かなり近い部類の種族だと思っていました。でも最近は根本的なオタクマインドにはかりきれない大きな溝を感じています。

ドルオタと二次元オタ、両者にはびこる大きな溝というのが、「その対象や世界に自分が存在するかどうか」これが決定的にオタクマインドを分断しています。

しかしこれはドルオタにも自分が存在する人としない人、二次元オタにも存在する人としない人がいます。

どういうことかというとドルオタと二次元オタではオタクとして詳しくなる対象物の種類によって二分していたつもりだが、四分されるのではないかと思っているのです。

平たくいうと推しに夢を見るかどうか。

推しが結婚した場合、喜びますか?自分以外と結婚した事実に悲しみますか?

ここに相違がある場合、同じオタク同士でも天と地ほどの価値観の差が出ると思います。

オタクって本来ある特定の分野にだけ精通したマイノリティであると思うのです。

マイノリティである以上、仲間がそうそういない。仲間を見つけるとうれしくなります。

しかし!同じ仲間だと思ってもこのマインドが違うと話が全く噛み合わなくなり、共感もできず互いにすれ違ってしまうと思うのです。

最初に仲間だと思って話してたのになんか全然話が噛み合わないと辛くないですか?

逆にオタクマインドが同じだとジャンルがどんなにチグハグでも、分かり合えると思うのでした。

おまけ。オタク・ルーツ

私は物心ついた頃からどれみちゃんを見て育ちました。

最終回の意味がわからないまま迎え、次の週に当たり前のようにどれみちゃん待機をしていたら母親に「え?あんた先週最終回って言ってたじゃない」みたいなことを言われ、なら言ってよ!(最終回が何かわかっていない)となり号泣して幼稚園をお休みしたような記憶があります。どこまで正しいかわかりません。

自分が確実に癖を狂わされた、みたいな作品の種類によってオタクマインドも変わってくる気がしています。

わりと二次元オタの私はドルオタ気質の人とはあまり合いません。対象があまりにも違うから。でも毛嫌いするとかじゃなくて、なんかうまく仲良くやっていけたらいいな。その理解を深めるための発見を書き散らしていたのでした。

本当にただのブログでまとまりもないしひどいなあ。後で書き直そ。

では、このへんで。

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